ヨイトマケの唄 美輪明宏(丸山明宏) cover:伸[nobu]

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「ヨイトマケの唄」にリクエストを頂き歌わせて頂きました。遅くなり申し訳ありません。この曲は、美輪明宏(旧芸名「丸山明宏」)さんが自ら作詞作曲した1966年のヒット曲。美輪さんが幼少時に一緒に育った友人の亡き母を回顧する歌です。「ヨイトマケ」とは、かつて建設機械が普及していなかった時代に、地固めをする際に、重量のある槌を数人掛かりで滑車で上下する時の掛け声であり、美輪さんによれば、滑車の綱を引っ張るときの「ヨイっと巻け」のかけ声を語源とします。作詞作曲のきっかけは、興行主の手違いで炭鉱町の劇場でコンサートをすることになったことに始まります。当時きらびやかな衣装でシャンソンを歌っていた美輪さんは、
炭鉱町でのコンサートに乗り気ではなかったのですが、炭鉱労働者たちが安い賃金をつぎ込んでチケットを求め、客席を埋め尽くしているのを見て衝撃を受け、「これだけ私の歌が聴きたいと集まってくれているのに、私にはこの人たちに歌える歌がない」と感じて、
労働者を歌う楽曲を作ることを決意したといいます。発表後間もなくして歌詞の中に差別用語として扱われる「土方」(どかた)「ヨイトマケ」が含まれている点などから、日本民間放送連盟により要注意歌謡曲(放送禁止歌)に指定された事でそれ以降民放では放送されなくなります。この制度自体は1983年に廃止されましたが、実際は廃止された後もしばらくの間この制度の影響を受け続けることになります。一方、NHKでは発表当時から一貫して放送自粛の措置はとられておらず、美輪本人による歌唱はもとより、様々な歌手によるカバーも放送されていました。2012年12月31日には美輪さんはこの歌で『第63回NHK紅白歌合戦』に初出場しました。77歳での初出場は史上最年長、デビュー60年での初出場も史上最長記録です。

初めて聴いてくださった方へ。
改めまして、はじめまして。伸(nobu)と言います。
私のページに来て下さり、有難う御座います。

私は数年前に「喉頭癌(声帯にできる癌)」を患い、声を失いかけました。
その1年前に初めての癌を患い、再発でした。
定期健診を欠かさなかったお陰で、比較的、初期の段階で発見され、
すぐに処置をして頂き助かりました。
しかし、暫くの間、歌うどころか喋る事すらままならない状況になりました。
当時の私は、喋る事も仕事の一つだったため、それはとても辛く悲しかったですね...
もしかしたら、もう「声」と言うものには頼れないのでは?そう思いました。
声が出せなくたって目だって見える。耳だって聞こえる。体だって自由に動く。
何だって出来るじゃないか!
そう言い聞かせた時もありました。

医師の「ある程度までは声は戻るよ」と言う言葉を信じ
喉を使っても良いと言われてからは、リハビリをして
毎日、車の中で好きな曲を聴きながら声を出す練習をしました。
誰にも聞かれたく見られたくなかったんです。
だから車の中は僕のリハビリ室でした。

その甲斐あって、医師も驚くほどの回復をみせ、
現在では喋るだけでなく歌う事も出来るようになりました。
確かに、以前の自分の声ではなくなりましたし
1曲全てを声もかすれずに歌う事は難しいですが
でも、大好きな歌が歌えます。
友人の医師と支えてくれた周りの人達に感謝をしています。

「負けたら終わり ではなく あきらめたら終わり」
これは私の座右の銘です。

色んな病や悩みなどと闘っている人達が沢山いると思います。
どうか諦めないで頑張って下さい。

私は大好きな歌を歌ってここに載せて行きます。
ここには沢山の歌の上手な方々が掲載されています。
私の歌はその方々には程遠いものです。
でも、ここまで歌えるようになりました。
良かったら聴いてみて下さい。
ありがとうございました。
伸(nobu)

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