「I Shall Be Released」 字幕つけてみた 映画チョコレートドーナツより

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映画チョコレートドーナツ(原題any day now)でルディがラストに歌う「I Shall Be Released」に自分の解釈で字幕をつけてみました。劇場で見た同曲の字幕はボブ・デュランの歌う原曲の解釈で和訳歌詞をつけていたけど、「もうすぐ解き放つ」の歌詞だと悲しみに囚われて思えて...。ルディの歌や表情は、悲しみを振り払って前向きに歌手として想いを伝えて聞こえるから、映画の字幕よりもこうじゃないかって思う字幕をつけてみました。
それにルディの歌が原曲と違うところが歌詞のdown to がuntoと言うところ

ちょっと僕の勝手な解釈で歌詞をつけてし、英語歌詞から比べても突飛な歌詞もあるし和訳とか翻訳ではないんだけど...

releasedに「優しさ」とあてたのは、ルディやポールが愛や優しさを物語の中でReleasedしてたと思うので。

多分ね...この映画で優しさと勇気を貰った人が、それを行動にうつしてゆけたら...その先にマルコが好きだったハッピーエンドがあるんじゃないかなって。ルディとポールにマルコのドラマではなく、私たちの日常の目の前のドラマに思いやりや優しさをact出来るようにって...

そう思える映画にしたかったから、ちょっと強引な字幕なんだけど...


They say everything can be replaced
They every distance is not near
I remember every face
every man who put me here
I see my light come shining
From the west unto the east
Any day now, any day now
I shall be released

They tell you They tell you every man must protection
They tell you They tell you every man must fall
I swear I swear I see own reflection
by beyond this wall
I see my light come shining come shining come shining
From the west unto the east
and
oh My God
Any day now, any day now any day now
I shall be released

Yes I see my light come shining
From the west unto the east
I swear I swear I swear My Love
We shall be released

彼らは相手の立場になってると言うけど
彼らは全然わかってないんだ
僕は彼らの顔をみんな覚えているよ
僕をここへ押し立てた彼らみんなの顔を
僕には僕を照らしてくる光が見えるよ
それは東から西へ沈むときさえ照らしてくれる
だから たった今 たった今から
もう僕は優しさを止めたりしないよ

(本編では間に別シーン)

彼らは彼らも誰もが守られたいんだって
彼らは誰もが傷つき自らも弱いのだと言う
僕にはそうじゃないって 違う道もあるんだと
壁の向こう側に立ちさえすれば(相手の側にたてば)
わかるはずさ
僕には僕を照らしてくる光が見えるよ
それは輝いて 輝いて
東から西へ沈むときさえ照らしてくれる
そうさ 神よ
僕はたった今 たった今から たった今からでも
僕は優しさを押しとどめやしないさ

あぁ、僕を照らしてくれる光が見えるよ
君は沈む時さえ僕を照らしていてくれているんだね
僕は誓うよ 誓う 誓うから 僕の愛おしい人(みていて)
もう僕たちは想いを止めたりはしないからね


以降、ネタバレ要素高いです

抜けシーン
自分の立場だけを守り相手の人間や人となりに対し傍観者を選択した大人たちへ、ポールの手紙にはマルコの運命やその因果よりもマルコを知って欲しいとありました。

マルコは可愛らしい子で、賢く、そして楽しい子で...
彼の笑顔は部屋中を明るくしてくれました...
ジャンクフード好きで、中でもチョコレートドーナツに目がありませんでした
凄いディスコダンサーでもありました。
彼は毎晩ハッピーエンドのお話を聞くのが好きでした...長くてハッピーエンドになるお話を...

彼はハッピーエンドが本当に大好きでした (Loved)

このシーンは運命の当事者なのにマルコを傍観してた大人たちに対して、他人にならないでと言ってる気がします。彼らと反対にマルコ側に立った学校の先生やオバチャン調査員は、マルコを知ることでルディとポールも信じた対局の姿です。このシーンを挟んで続くルディの歌を聞くと、ルディの歌は聴く全ての人へ語りかけたハッピーエンドへの問いかけと向かう人へのエールの様に聞こえます。

相手を知ってしまえば思いやりや優しさはactするものではなく、解き放たれるものかもしれませんね。それがマルコのハッピーエンディングに繋がるのは長い長いお話になるだろうけど、それに本当に難しいけれど...少しづつでも世界にハッピーエンドを皆で広げていけると良いですね。

http://1drv.ms/1mu6Jf9

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