「隠密剣士」第二部 忍法甲賀衆より 第八話「忍法 むささび落し」(一部字幕付き)

今回も 耳のご不自由な方のために 聴き取りにくい台詞や表現 重要なシーンに 一部字幕を書き入れました

《ゲストプロフィール》

・天津 敏（蜘蛛の幻蔵）　

秋草にとって最良のパートナーが霧の遁兵衛なら 最強のライバルとなったのが 俳優 天津敏　第二部では甲賀忍者の蜘蛛の幻蔵　第三部と第四部で伊賀忍者の水口幻斉を講演した
作品を追うごとに 重要な役回りを演じるようになり 存在感を増していった　「隠密剣士」に出演当時は40代前半である　178センチの長身に 修羅場を何度もくぐってきたような凄みのある表情　渋く重々しい声　まさに忍者集団の頭領にうってつけの迫力があった　悪役でありながら風魔小太郎の人気もまた沸騰したのだ　

宮城県出身の天津は 父は小学校の校長を務め 母親も小学校教頭という強院一家に育った　天津自身も地元の県師範学校を卒業し 二年間の小学校教員の経験がある　戦争中は現在の神奈川県横須賀市にあった横須賀第二海兵団（武山海兵団）に入り 海軍特別少年兵の教官などを務めた　その間に横須賀の女性カネ子と結婚している

―　2022.12.19追記　―

戦後は教員に戻る道もあった　妻の実家の小学校からも 是非教員にと懇願された　だが 戦前に教えられてきたことと違うことを教えるような そんな器用なことはできないと 妻の実家の水道工事業などを手伝って暮らす日々が八年間続いた　すでに二男一女の父親になっていた　

一念発起というのだろう　にわかに俳優を目指し 妻の知人の紹介で東宝系列の東京映画に入る　三十二歳という遅い出発だった　その後「豹（ジャガー）の目」「怪傑ハリマオ」「隠密剣士」と宣弘社作品の出演が続いたのは牧冬吉と同じである

撮影現場では真面目で 決して起こることのない温厚な性格だった　一方 家庭では厳格な夫であり 父親だった　履物をきちんと揃えなかったり 食べ物を残したりすると 厳しく𠮟りつけた　家人によると「これ 食べる？とは何だ！ これ食べます？と言いなさい」などと 言葉遣いにもうるさかったという

長女の森真由美は大学時代 化粧することを許されなかった　若いときは素顔こそが美しく しかも大学に通うのに化粧は不要というわけだ　そんな夫だったから妻のカネ子も三十代半ばまで化粧をしなかった　カネ子によると この厳格さは 小学校の校長だった父親の気質を受け継いだものだという

サイン会はすべて断る　芸能関係者や友人と外で酒を飲んだり 遊びに行ったりもしない　通りがかりの人から「風魔小太郎では？」と声を掛けられても「俺じゃないよ あれは俺の弟だよ」などと答えていた　

家の掃除が好きだった　窓ふきまでやってしまう　車の整備や 犬の散歩など ともかく家にいるのが好きだった　人と群れず 信念を押し通す点などは まさに孤高の人 風魔小太郎である

「隠密剣士」のあとは 東映のヤクザ映画などで活躍し 悪役スターが定着する　悪役であっても妻子が嫌な思いをしたことはない　一般家庭の夫や父親と同じように ふつうの仕事をしているのだと家族は思っていた　

家族に恵まれ 三人の子供の結婚を見届けて昭和五十四年（1979年）七月　心不全で死去した　五十八歳だった
（徳永文一著「隠密剣士、いまここに甦る」より）