考察
既に述べたように、キアゲハとアゲハでは、休眠蛹と非休眠蛹での体重変化がSUZUKI (2017a; b)によって報告されている。それによると非休眠蛹では蛹化時から羽化に向けて連続的に体重が減少していくのに対し、休眠蛹では蛹化直後に多少、体重の減少が見られるものの、その後は殆ど変化の無い時期が続き、羽化直前になって、再び急激に減少することが示されている。アゲハ蛹の体重変化については、同様の結果がTANAKA & TSUBAKI (1984)でも紹介された。今回の結果をこれらと比較すると、まずカラスアゲハの蛹は、休眠蛹の体重減少率は非休眠蛹に比べて小さく、更には休眠蛹を低温で保管した期間の減少率は、常温保管の減少率と比べて更に小さくなり、SUZUKI (2017a; b)のキアゲハ、アゲハの結果と一致した。私たちが今回初めて体重測定をしたギフチョウとウスバアゲハの経過は、ウスバアゲハはカラスアゲハ非休眠蛹の経過と良く似た結果となった。これに対して、ギフチョウの蛹の体重は、幾つかの段階状に減少していくことが判り、同様に長期間の休眠を行うカラスアゲハの体重が羽化の直前まで一定の割合で減少していくのとは違った結果となった。
更に、蛹内部の変化が報告されているギフチョウでは、今迄の報告と、今回の私たちの撮像結果、蛹体重の変化、及び気温の変化を比較した。まず体重変化と核磁気共鳴画像との比較では、段差の前後で内部の様子が変わっていることが判った。次に段差の位置は、ISHII (1988)で示された発育段階にほぼ一致し、更にはこれらの段差の位置が気温の変化にも対応していることから、従来言われていたギフチョウの蛹は、気温の変動を感じ取って発育を調整していることを示すことが出来た。またKANEKO & KATAGIRI (2006)は、オオモンシロチョウでは、休眠蛹は非休眠蛹に比べて比重が大きく、蛹化直後の蛹の内部の隙間が休眠蛹の方が小さいこと、加えてアゲハでは、蛹化10日目までは、非休眠蛹内部の空洞が次第に大きくなるのに対し、休眠蛹では、同じ時期には殆ど変化が無いことを報告した。今回の私たちの観察では、カラスアゲハでも蛹の空洞の発達が非休眠蛹と休眠蛹とで異なり、KANEKO & KATAGIRI (2006)の結果と一致した。なおカラスアゲハ休眠蛹は、冷蔵中は体内での大きな変動が無いように見えるが、冷蔵中も胸部の空洞は少しずつだが大きくなっており、これが蛹の体重減少の要因になっていると考えられた。その要因としては特に蛹内部での特段の変化が無い時期は、呼吸による蛹内部の貯蔵物質が一定程度の割合で減少することによるものと考えられるのに対し、ギフチョウでは何回かに分けて蛹内部での変化が行われているようで、その時に通常の呼吸に加えての、蛹内部の変化に伴う体重の減少が発生していると考えられた。
ところで今回の撮像では、より深刻かつ本質的な問題が発生した可能性がある。それは、縦緩和強調画像と横緩和強調画像の仕上がりについての問題である。既に説明した通り、縦緩和強調画像は脂質や蛋白質などの高分子からの信号を記録するのに対し、横緩和強調画像は水などの低分子からの信号を記録するため、その画像は大きく異なる筈である。実際に人体を撮像した画像では、この両者の絵は、お互いをほぼ反転した画像になっている。ところが今回、私たちが得ることの出来た両者の画像は、多少の違いはあるものの殆ど同一と言っても良い仕上がりになってしまった。このことは、人体を撮像する時の標準の設定を、人体とは違った構造、特に外骨格を持つ昆虫を始めとする節足動物に使用することは不可能と言うことを示した可能性が有り、撮像時の各種の設定には、更に様々な試行錯誤をしていく必要があることを示していると考えられる。
なおここからは、今回調べたチョウと同様の生活環を送る日本のチョウを探してみる。まず蛹で冬を越すチョウはアゲハ亜科の13種を除くと、ギフチョウのほかにヒメギフチョウ、ツマキチョウ属2種、コツバメ、スギタニルリシジミ、ヒメシロチョウ属2種、トラフシジミ、キマダラヒカゲ属2種、アオバセセリ、チャマダラセセリ属2種の計14種が知られているが、ギフチョウを含む前の6種が年1化性であるのに対し、後の8種はアゲハ亜科各種と同様に、多化性の生活環の一部に休眠を組み込んでいるという違いがある。
次にウスバアゲハと同様に、卵の殻の中で1齢幼虫の状態で越冬し、早春から初夏にかけて羽化する日本のチョウは、ミドリシジミ類全種、カラスシジミ属4種、中型から大型のヒョウモンチョウ類のうちの5種が知られている。更に、日本では北海道の高山地帯のみに分布するキイロウスバアゲハは、丸2年をかけて卵から成虫になるが、1年目の冬は卵の中で1齢幼虫で過ごし、2年目の冬は蛹で過ごす。今までにこれらのチョウの蛹の動態についての報告はないようで、これらのチョウに対する研究が期待される。
最後に今回調べたアゲハチョウ科3亜科の分布と進化の関連についてもご紹介する。アゲハチョウ科は、全体としては南極以外の全大陸に分布するが、亜科のレベルに下げると、このうちのアゲハ亜科は全大陸に分布するのに対し、ウラギンアゲハ亜科はメキシコ中部のみに、ウスバアゲハ亜科はユーラシア大陸の北部と北米大陸の高標高地のみに、そしてタイスアゲハ亜科はアルプス~ヒマラヤ山脈、そしてそこから東に伸びる地域のみに分布していることが見て取れる。この分布型を過去の大陸配置に当てはめると、これらの4つの亜科は今から約2億年前に、それぞれが定住していた地域が大陸分裂と、それに伴う気候の変化に適応し、それぞれの生活環を完成させていったものと考えられる。
この中で特に注目すべきは、後のユーラシア大陸南岸に定住していたと考えられるタイスアゲハ亜科で、約1億年前から5千万年前の間は、アフリカ大陸とインド大陸はまだユーラシア大陸には衝突しておらず、また北米大陸と南米大陸も分離していたため、これらの間のテーチス海には、赤道を周回する非常に暖かな海流、環赤道暖流が存在していたと考えられている。従って、これらの海流に隣接したユーラシア大陸南岸域も、非常に気温の高い地域だったと考えられる。タイスアゲハ亜科のチョウ達は、この高温から身を守るため、酷暑期を蛹で乗り切る能力を身につけ、その結果が、今日のタイスアゲハ類やギフチョウ類の周年経過として残っているものと考えられる。特にタイスアゲハ類の中には、地中に潜って蛹になる種もあり、現在の砂漠的な環境でも十分に生存できている。ウラギンアゲハ亜科の唯一の種、ウラギンアゲハも同様の生活環を持っているが、これも、北米大陸の南岸が同様に環赤道暖流の影響下にあったことを考えれば理解できる現象と言える。同様の周年経過を辿るチョウとしては、日本ではツマキチョウ、スギタニルリシジミ、コツバメがいる。これらの種がなぜこうした経過を辿るようになったのかは解明されていないようだが、やはり何らかの理由で夏の酷暑の時期を蛹で休眠しながら過ごすことを余儀なくされたものと考えられる。一方で、タイスアゲハ亜科のうち、インド大陸の衝突によって高山地帯となった地域に住んでいた一群のチョウ達は、蛹での長期休眠が不都合となり、独自の生活環を完成させたようで、これが現在のシボリアゲハ類になっていったものと考えられる。
以上のように、大方は、アゲハ科チョウ類の各亜科の周年経過と、大陸の分裂とは符合するが、詳細に見ると、タイスアゲハ亜科のホソオアゲハは年に複数回の世代を送るのに対し、アゲハ亜科の中でも一部のタイマイ類のハルカゼアゲハ亜属やクスノキアゲハ類のマネシアゲハ亜属には、ギフチョウ類と同様に蛹で周年経過の大半を過ごす種がいる。またテングアゲハ類、カギバアゲハ類のように独自の生活環を送る種の存在も確認されており、これらの種が、どのようにしてこうした経過をとるようになったのか、またタイスアゲハ類、ギフチョウ類とハルカゼアゲハ類やマネシアゲハ種群のこうした類似は全くの偶然によるものか、等は今後の研究課題として残った。今後、これらのチョウたちを同様に調べた結果を発表して頂くことで、この疑問に対する回答が得られるものと、私たちは期待している。
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