3分でわかる木喰(人から分かる3分美術史184)

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江戸中期の僧侶であり、微笑みを特徴とする仏像で知られる木喰を紹介します。

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こんにちは。人から分かる3分美術史。
今日は木喰について勉強していきましょう。

木喰。1718年生まれ。江戸中期の僧侶であり、微笑みを特徴とする仏像で知られます。

木喰は、8代将軍徳川吉宗統治下の享保3年に、現在の山梨県にあたる甲斐国の丸畑村に生まれました。
家は農家でありましたが、木喰は14歳の頃に家出。そして22歳の頃に大山石尊で出家し、真言宗に属する僧侶となりました。
それ以後の木喰はさまざまな寺に務めたのち、日本廻国の願をおこしました。
木喰の仏像が残されはじめるのは、この時期からです。その最初期の例として知られるのが、海傳寺の「釈迦如来像」。1778年、木喰61歳頃の作品です。伝統的な像様から離れており、団子鼻と柔和な表情を特徴とする木喰の作風がすでに現れています。
そして木喰は北海道に渡り、そこで2年を過ごす中で二十数体の像を遺したと云われます。
その後の木喰は、佐渡島、続いて九州にわたり、造仏を続けました。
1797年、木喰80歳ごろの作品が福王田観音堂の「毘沙門天」です。木喰は本作を端緒として、仏像の「千体造像」を発願。これ以後ますます旺盛な造仏を続けてました。

木喰の作品を見ていきましょう。

大月観音堂の「如意輪観音」。1805年、木喰88歳頃の作品です。ふくよかな顔立ちと笑みが、「微笑仏」とも呼ばれる木喰仏の特徴をよく表しています。

1810年、木喰は93歳で亡くなります。後年まで全国行脚を続け、行方がわからないまま旅先で亡くなったと考えられています。木喰仏は円空仏と並んで数多く、各地の人々に信仰され、親しまれました。現在においても、特徴的な仏像を彫った僧侶として知られています。

以上!

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