【掛川市】 三熊野神社大祭 揃

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国選択無形民俗文化財である静岡県掛川市の「三熊野神社大祭の祢里(ねり)行事」です。山車は「一本柱万度型」として区分される江戸型の特に古い様式の二輪屋台(地元では袮里と呼ぶ)で、現在までそのかたちを色濃く遺していることが評価されており、国指定無形民俗文化財にむけて調査研究が進められています。祭礼のある横須賀地区は横須賀藩の城下町であり、遠州(遠江国、静岡県西部)で最も早く山車まつりが導入された地域で、四輪屋台が導入された湊町掛塚の「掛塚まつり(磐田市)」とともに、県西部の山車まつりのイメージシンボルとなっています。横須賀城は徳川武田攻防戦(高天神城争奪戦)の折に築城されており、全国的にも珍しい玉石による石垣です。この本丸跡に建つ「横須賀城址」の石碑は、大祭に江戸の様式を導入した藩主西尾家の家系にあたる西尾忠方による揮毫です。
三熊野神社の創建は聖武天皇(奈良東大寺を建立した天皇)の出生に関係し、「遠州の熊野三山」のひとつとして熊野本宮大社を勧請(新宮は高松神社(御前崎市)、那智は小笠神社(掛川市)が該当)しており、出自と祭礼の神事「神子抱き神事」から子授けや安産には特にご利益があるとされています。大祭の開催に伴い、神社入り口には奉祭の大幟(五反幟)が掲げられており、これは当日の朝に神社東側に隣接する新屋町(あらいまち)が担当するのが慣わしです。現在の大幟はちょうど50年前に奉製されましたが、今回の祭礼を最後に更新の予定です。
横須賀では、大祭の初日を「揃(そろい)」と呼んでいます。自町と隣町への御披露目の意味合いから山車は正装で曳くことが本来の姿なのですが、他の地域でいう「試楽(しがく・しんがく)」や「試験曳き」の色合いもあり、正装もあれば出し人形や天幕を外した略装もある状況となっています。当日は小雨の一日となり、山車は大きなビニールシートで覆われています。曳き子は菅笠に雨合羽の格好であることが多く、これはかつて近隣に「大坂笠」といわれるほどの菅笠の一大産地があったことに由来するようです。

横須賀城址 1:12
三熊野神社 3:08
は組(中本町)枠上げ 4:32
か組(河原町)枠上げ 14:50
夜祭り 20:47

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