高田みづえ 悲しきロンリーガール

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この楽曲が発売されたのは1985年1月ですが、その直後に高田みづえの結婚と引退が発表され、ファンや業界の興味関心は殆んど「そっち」に持って行かれてしまいました。「悲しきロンリーガール」という作品は、「高田みづえの結婚と引退」というファンにとっては衝撃的なニュースと完全にリンクしてしまい、この曲の純粋なみづえナンバーとしての論評は殆んど見たことがありません。ですが、例えば「愛をあたためて」の歌詞が明らかに彼女の結婚を示唆しているのに対し、この曲の歌詞には彼女の結婚や引退をほのめかすような箇所は全く無く、高田みづえの楽曲の一つの柱である軽快でスタイリッシュなアイドルポップスに仕上がっています。この曲に対しては、むしろリアルタイムを知らない若い世代の視聴者が、「カッコいい曲」として評価しているのをネットで見かけたりします。高田みづえとの衝撃的な別れを経験してなく、彼女の楽曲を純粋に楽曲として評価できる若い世代がある意味うらやましく思いますね。もっともリアルタイムの高田みづえの魅力を知らないのはやっぱりかわいそうだなとも思いますが(;^ω^)
「私はピアノ」以降の高田みづえのシングル曲には、ごく大ざっぱに分けて二つの柱があると思います。一つは桑田メロディーの流れをくむスタイリッシュなポップスで、もろ桑田作品である「ヒロシ」の他、「涙のジルバ」「原宿メモリー」といった楽曲。もう一つはちょっと演歌寄りのしっとりとしたフォーク・ニューミュージック系の作品で、「愛の終りに」「ガラスの花」「秋冬」などが該当します。「悲しきロンリーガール」はもちろん前者の流れに属する作品であり、この歌を桑田作品だと勘違いしていたファンも実際にいたようです。さらに言うと、次回作でラストシングルである「チャイナ・ライツ」も同系統の作品であり、高田みづえシングルのラスト2曲が言ってみれば桑田路線の曲であることには何か大きな意味があるんじゃないかなと思っています。
あと、この曲も「チャイナ・ライツ」も、舞台が横浜ですね。「涙のジルバ」に出てくる元町や「本牧レイニーナイト」の本牧も横浜の地名です。「愛のイマジネーション」の「港の見える丘」も横浜ですね。みづえちゃんの歌は結構横浜に縁がありますね。(ちなみに「ヒロシ」の舞台は横須賀です。県外の人にとっては同じ「横横地区」ということで横浜も横須賀も一緒くたにされているかも知れませんが、自分の遠い親戚が横須賀に住んでいてかの地には多少縁があるのですが、横浜と横須賀はやっぱり雰囲気が全然違いますね。横須賀はベースの街で、横浜のような洗練された都会というよりは、もっと泥臭い地方都市という印象があります。田舎者の自分としては横浜よりも横須賀の方に親しみを感じていますね。)

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